ストラポンタン(展覧会紹介など)

αMプロジェクト2025–2026 立ち止まり振り返る、そして前を向く vol. 4 髙橋耕平|逆・様

 

記憶と構造のゆらぎの中で──
この複雑な世界を、どのように浮き、泳ぐことができるのだろうか
 
大槻晃実
 
 
市ヶ谷という土地に立ち止まり、振り返ることから立ち上がった vol. 4 は、歴史の深層に触れ、私たちの信じる「正しさ」の輪郭を小さく揺るがす試みである。
京都を拠点に活動を続ける髙橋耕平は、その土地に根ざした視点から歴史と現在を編み直す作品を発表してきた。都市の記憶や記録を拾い集め、映像や写真、言葉を通して、見えない構造や忘れられた声を浮かび上がらせている。
今から5年前、コロナ禍の静まり返った夏の夜、髙橋はあてもなく東京の街を歩いていた際に新宿区富久町を通りがかった。空き地が目立つ区画整理中のその場所は、かつて東京監獄市ヶ谷刑務所があった土地である。その跡地に設置された富久町児童遊園内には刑死者慰霊碑が佇んでいた。その記憶が起点となり、そこから導かれるように「大逆事件」と和歌山県新宮市との関係へと関心が向かっていった。
1911年、幸徳事件(大逆事件)により死刑判決を受けた24名のうち、実際に処刑されたのは12名である。その中には和歌山県新宮出身の6名(刑死者は2名)が含まれていた。彼らは「新宮グループ」と称されていたが、実態としての結びつきはなく、国家によるフレームアップの象徴とも言える存在として、現在は記録されている。
幸徳秋水を中心とする初期社会主義者たちは、自由や平等を掲げながらも、当時の国家体制にとっては「逆らう者」として扱われた。彼らの思想や活動は、十分な証拠もないまま「大逆罪」として裁かれ、死刑判決が下された。これは、国家による思想弾圧の象徴的事件であり、後に冤罪であったことが明らかになるまで、長い沈黙の時代が続く。その後、死者への追悼と尊厳を顕彰するようになったが、彼らの墓には戒名が刻まれていない。
本展では、彼らの墓と新宮の風景を中心とした写真、そして丸太が主要な構成要素となっている。貯木場で浮かぶように配置された丸太の表面には切り込みが入れられ、天地が「順」と「逆」に分けられた写真が差し込まれる。展示室の床を水面と見立てるならば、私たちは水上からその光景を眺めているのか、あるいは水中から見上げているのか、その境界は次第に曖昧になっていく。同じ場所であっても、異なる方向から眺めると景色が変わるように、主体と客体のそれぞれの語りによって「事実」は幾通りにも立ち現れてしまうことを想起させるだろう。
材木は新宮の産業の象徴であり、かつて海路を通じて東京へと運ばれていた。今回の展示でも、紀伊山地原産の材木が新宮から東京へと移送される。物質の移動、人間の移動、思想の移動。それらが文化を育む一方で、同時に誤解や偏見をも生みだしてしまった。新宮の交流の歴史が、捏造された構図を生んだことは、現在の社会にも通じる構造的な問題を示唆しているように思う。
そしてこの展示は、美術における「中央」と「地方」という構造にも問いを投げかけることにもなる。今回運ばれる材木の軌跡は、物質の移動だけでなく、文化や記憶の移動をも暗示している。東京で展示される新宮の記憶は、単なる地域史の紹介ではない。それは、地方に根ざした視点から中央を見返す行為であるといえる。地方に生きる人々の思想や文化が、中央の制度や権力構造によってどのように記述され、時に歪められてきたのか。その歴史を見つめ直すことは、美術の未来においても不可欠な営みであろう。
歴史は人間が記述するものであり、「順」と「逆」もまた人間が定義する。本展は、死者の声を聴き、記憶の装置としての墓や写真を複合させることで、過去を現在に引き寄せ、未来への問いを投げかける。児童遊園の慰霊塔は今後どのように継承されていくのだろう。100年後もその形を留めているだろうか。その判断もまた、人間の手に委ねられている。

 

髙橋耕平「逆・様」メインビジュアル

 

逆・様
 
髙橋耕平
 
 
今年に入ってから幾つかの墓の前に立った。それらは紀伊半島の先の方、和歌山県新宮市と田辺市、そして三重県御浜町にあった。しかし墓と自身の血縁とは関係がなく、また故人ともその親族とも面識はない。そこに足を運んだのは、新宿区富久町児童遊園内に建てられた刑死者慰霊塔の存在を知ったためである。
 
当然ながら、墓や碑は容易に動かせない構造をしている。墓へ参るには、自らの身体をそこに運ぶしかない。墓が自らやって来る、なんてことはない。墓には動かない理由がある。新宮市の墓も田辺市の墓も御浜町の墓も富久町児童遊園の慰霊塔も、それがそこに建つ理由を持っている。もし動くことがあれば墓や碑が個別に持っている意味がもがれてしまうだろう。一方写真はどうだろうか。景勝地を、人を、かつての姿を、持ち運び可能なものにする。発明以来、写真は移動することを宿命づけられたメディアであるようだ。人は不動の存在に憧れそれを欲する。その欲求が人の移動を促し交わりを生み、やがて写真や言葉に、光や音に代替されていく。
 
人は人を忘れていく。人の行いを、想いを忘れていく。自然にも意図的にも。忘却に抵抗するため刻まれてきたイメージ、そして言葉。死の地点に立ち現在に目をやること、あるいはその逆。今ここに在ることを直視しながら、同時にありえるかもしれない別の姿を眼差し、次なる形を探すこと。「順」行と「逆」行に目と身体を沿わせながら。

 

髙橋耕平 Kohei Takahashi
1977年京都府生まれ。ドキュメンタリー映像やアーカイブ資料に自らの声や身体を介入させ、史実や他者との対話を巡る作品を制作する。
プレスリリースより抜粋して転載

 

立ち止まり振り返る、そして前を向く
大槻晃実(芦屋市立美術博物館)
 
 
この場所で私に何ができるのだろうか。最初に考えたのはそのことだった。私は公立美術館で学芸員として働いている。だが、指定管理者が運営する美術館であるため、公務員ではなく会社員だ。コレクションが健康な状態で受け継がれ、これから先も美術館が存続していくという未来は、決して当たり前のことではない。大切にしていくべきこと、守らなければならないことには多様な視点や局面があり、それがちぐはぐに組み合わさった居心地の悪さが常に同居している。
 
そんな学芸員が、このαMという場所とどう向き合えばよいのだろうか。各地の美術館が様々な事情を抱え、困難に直面している。それは今もこれからも変わらないだろう。しかし、たとえどのような運営形態であっても、誰が運営者であっても、美術館にはかけがえのないものがある。それは、その美術館の歴史に寄り添いコレクションから刺激を受けながら展覧会を企画してきた歴代の学芸員や、地域や行政との間で試行錯誤しながら運営に関わってきた職員が経験を蓄積してきた場所であり、観客が作品と出会って思いを深めた展示室という場所だ。
 
30年以上にわたって時代の先端を敏感に察知して活動を続けてきたこのαMという場所では、作家がいて作品があり、鑑賞者が集い、対話や議論が重ねられる日々が続いてきたことだろう。そんな場所の過去と現在を往来しつつ、作品との対話の中から鑑賞者が自ら問いを立てて答えを探るような、そしてそれを皆で共有できるような場を作りたいと思う。参加してくれる作家たちと議論を重ねながら、歴史と今この時の美術を同じ次元でとらえることで、「美術のための場所」のことを皆で共に考えていく2年間にしたい。
自ら考えるという行為を続けることこそが、この社会で美術を健全に存在させていくためには不可欠であるはずだから。

 

大槻晃実 Akimi Otsuki
芦屋市立美術博物館学芸員。専門は近現代美術。企画した主な展覧会に「今井祝雄―長い未来をひきつれて」(2024年)、「art resonance vol. 01 時代の解凍」(2023年)、「限らない世界/村上三郎」(2021年)、「植松奎二 みえないものへ、触れる方法―直観」(2021年)、「芦屋の時間 大コレクション展」(2020年)、「美術と音楽の9日間 rooms」(2020年)、「art trip vol.03 in number, new world / 四海の数」(2019年)、「小杉武久 音楽のピクニック」(2017年)などがある。
プレスリリースより転載

 

αMプロジェクト2025–2026
立ち止まり振り返る、そして前を向く
vol. 4 髙橋耕平|逆・様

 
ゲストキュレーター:大槻晃実(芦屋市立美術博物館)
 
会期:2025年12月13日(土)〜2026年2月21日(土)
休:日・月曜、祝[冬期休廊:12月21日(日)〜2026年1月5日(月)]
時間:12:30〜19:00
会場:gallery αM
住所:東京都新宿区市谷田町1-4 武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパス2階
電話:03-5829-9109
料金:入場無料
資料提供・協力:新宮市立図書館、新宮木材協同組合
https://gallery-alpham.com
 
アーティストトーク
髙橋耕平 、大槻晃実
日時:12月13日(土)17:00〜18:30
 
パフォーマンス
髙橋耕平
日時:1月24日(土)17:00〜

 

経路
  • JR中央線・総武線「市ケ谷」駅・出口1、または東京メトロ有楽町線・南北線「市ケ谷」駅・都営地下鉄新宿線「市ヶ谷」駅・出口4を出る
  • 出口1からの場合は左へ、出口4からの場合は正面へと進む(建物の屋上の看板に「TKP」とある方へ)
  • 線路、外濠を下方に見て直進
  • 「市谷見附」の交差点に突き当たり、「くすりの福太郎」「富士そば」の方に横断歩道を渡ってから右折
  • 「モスバーガー」「マクドナルド」「ファミリーマート」を通過してすぐ左側にgallery αMが入っている「武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパス」
  • ギャラリーの入口は「MUJI com」店内の階段を上がった先の2階。徒歩3分。

 

車椅子

MUJI com店舗から入場、左手の自動ドアから武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパスのエントランスへ。インターフォンにてスタッフに連絡。スタッフが解錠したゲート(右)から入場、エレベーター(右)へ。2階のエレベーターホール扉をスタッフが解錠、αMへ(※電話でのご連絡の場合、スタッフが1階に下りてご案内)。ベビーカーの方なども同様。