

圓谷真唯は、1991年福島県白河市出身の写真家・編集者。2016年東京ビジュアルアーツを卒業後、日本カメラ社に就職。2022年からは合同会社PCTにて編集者として雑誌『写真』や写真集制作に携わっています。
高校時代から写真をはじめ、祖父の闘病と死をきっかけに、消えてしまったものの痕跡や、消えてしまう前の何気ない光景をとらえる作品を発表してきました。自身の生い立ちに向き合った『あまゆき』や、毎日の食卓とエッセイを収めた『エリコの爪切り』、日本に点在する誰しもが目にしたことのある光景をとらえた「がらんどうがあった。」などがあります。
今作「神様だった。」は、カラースナップ〈此処彼処〉シリーズとして9年ぶりの発表となります。作者による手焼きのタイプCプリントをぜひご覧ください。
プレスリリースより転載
これまで写真を撮るという行為がコミュニケーションになっていて、カメラを媒介してものごとに向き合ったり、撮影という口実でどこかに行ったり、誰かに会ったりしてきた。消えてしまうものを留めておきたいという執着でもあった。何かを失った、もしくは喪失しきる前のものごと、それ自体に惹かれていたのかもしれない。
この5、6年を振り返って、と言われれば、疫病や震災、戦争といった大きな規模の出来事が年号に紐づいて、そのときの自分はあんなことがあったっけな、と記憶が引き出されていく。コロナ禍での会社の解散、結婚、新たな会社での仕事、持病の発覚、離婚、といろいろあったはずなのに、それらは符号にすぎず、ぱらぱら漫画で隣り合うページの違いはほとんどわからないのと同様に、それは当たり前に、シームレスに生きている。
しかしここ数年で、自分自身が何かを失っているという感覚が増してきている。この切迫感は焦りなのかと分析してみても、かつて感じていた焦りとはまったく別物だったりする。ぼんやりとした喪失感がはっきりとある。シームレスな日常の中でいつの間にか失い続けていている。がらんどう、つまりは「何もない」ものがある、その光景を留めておきたいと思っていた自分自身が。
かつてあった光景が失われ、自分自身も消えて、そこに写真だけが残ったとき、写真は写真としてそこにあるのだろう。生きていく、その流れのなかに小さなしるしを打つことを、またはじめていこうと思う。あけましておめでとう。



圓谷真唯(つむらや・まい)
上記のほか、ウェブサイト「Photo & Culture, Tokyo」運営にも携わる。
◇圓谷真唯 Instagram
https://www.instagram.com/perotty0318
圓谷真唯写真展
此処彼処2026「神様だった。」
会期:2026年1月4日(日)〜1月21日(水)
休:木・金・土曜
時間:12:00〜17:00
会場:トトノエル gallery cafe
住所:福島県郡山市希望ヶ丘1-2 希望ヶ丘プロジェクト内
電話:024-901-9752
http://www.totonoel-gallery-cafe.jp
- JR「郡山」駅・西口から福島交通バス乗り場で9番または10番のりばで「希望ヶ丘入口」を通るバスに乗車(交通系ICカードは使えない)
- 「希望ヶ丘入口」で降車
- 信号のある交差点へ。「かいてん焼藤屋」「おかめ」の向かいのグレーの建物。徒歩すぐ。
*自動車の場合は、店舗横に3台分の駐車場、および希望ヶ丘商店街にも駐車場あり
段差あり。入るのは困難。
