
(大久保紗也『その蛇は/Is that snake』WAITINGROOM)
©Saya OKUBO, courtesy of the artist and WAITINGROOM

(『project N 99 大久保紗也』東京オペラシティ アートギャラリー)
©Saya OKUBO, courtesy of the artist and WAITINGROOM
大久保紗也は1992年福岡県生まれ。現在東京を拠点に活動中。自身の制作を、「平面という浅い空間でのイメージの認識と齟齬を探る行為」と語る大久保は、モチーフの輪郭を素早い線で描き意図的に抽象化することで、背後につながる物語からモチーフを引き剥がします。こうして生まれる曖昧なイメージは、観る者の記憶や感覚と交錯しながら、新たな風景や物語の解釈の余地を立ち上げます。
プレスリリースより編集して抜粋
釘付けられた蛇/ほどかれていくモチーフ
大久保紗也は、マスキングテープを用いそれを最後に引き剥がすことで、フラットに塗られた表面と、その上に散りばめられたスピード感ある油彩の筆触の下から、抽象化された輪郭線を浮かび上がらせます。素早い筆致によって一連の動作から瞬間を切り取り、その輪郭線によってモチーフを特定の文脈から切り離すことで、イメージは一義的な意味を拒む存在へと変化します。こうした断片化と抽象化によって生じる解釈の余白は、自らの記憶と感覚、そして想像力をもって、再びそこにモチーフを再構築することを観る者に促します。平面上に固定されているはずのモチーフは、観る者の心象風景の中で絶えず変容し、次々と像を立ち上げながらも次の瞬間には崩れていきます。この過程において、「何が」「誰が」描かれているのかという具体的で還元的な問いは無効化され、「AのようにもBのようにも見える」という抽象的で多面的な可能性へと、観る者を開いていきます。
大久保が「イメージの認識と齟齬」と呼ぶこの現象は、本展において、多岐にわたるジャンルの説話を収録した鎌倉時代の説話集「古今著聞集」との交差を見せます。この説話集に集められた断片的な物語の数々は、人から人へと受け渡し、受け取られる中でその意味や内容を変化させてきました。本展のタイトルになっている「蛇」は、この説話集に収録されている「釘付け六十年」に登場する、屋根裏に釘付けにされながらも60年余りも生きた存在を指します。この蛇は、時代を超えて幾度も引用されるなかで、その姿や意味を自在に変化させてきました。
「固定されているにもかかわらず変容し続ける」という、この矛盾を孕んだ存在は、絵画における「描く」という行為の暴力性──すなわち、モチーフを消費対象として固定化してしまうこと──への内省とも響き合い、大久保が繰り返し探求してきた「揺らぐモチーフ」という考えと重なります。例えば本展で発表する新シリーズでは、同じイメージがサイズ違いのキャンバスパネルに繰り返し描かれ、それが物理的に重ねられることで、「見える」と同時に「見えない」、「固定される」と同時に「変容する」ような、観る者とモチーフの揺らぎ続ける関係性が可視化されます。同様に、ドローイングの線を上から覆い隠す「書き損じ」の行為自体を絵画化する《Mistake》シリーズの新作では、モチーフと観る者の間に否応なく介在する作家の存在を可視化することによって、「何が描かれ、なぜ隠されたのか」「何が“間違い”で、何がそうではないのか」といった、より多視点的で複層的な問いを観る者に投げかけます。大久保が本展で描き出す現代の「蛇」たちは、「わかりきれなさ」と「齟齬」といった不安定さを多分に抱えながらも、観る者の記憶や感覚との予測不能な絡み合いの中で、ひとつ、またひとつと新たな像を獲得し、そして手放していくのです。
プレスリリースより転載
“その時、この堂建立の年紀を数ふれば、六十余年になりにけり。その間、かく打ち付けられながら生きてありける命長さ、恐しきことなり。その蛇のありける下の裏板は、油磨きなどしたるやうにて、きらめきたりけり。”
鎌倉中期に書かれた説話集「古今著聞集」の中に、釘付けにされた蛇の話がある。御堂の屋根を葺き替えようと引き剥がした板の下から、釘で打ち付けられた蛇が見つかった。その蛇は釘に体を貫かれたまま、およそ六十年余り屋根の中で生きていたのだという。この不思議な蛇の話は、書かれるごとに姿を変えて今に続いている。蛇はまず百足になり、そして守宮になり、蜥蜴になり、一匹であったのが番の二匹となり、現代では宮本輝のエッセイにもその一端を見ることができる。「釘付けにされ、尚も生き続けている」という強烈なイメージは、現代まで共通して語られている。ただそこに驚異的な生命力を見るのか、他者からの慈愛を見るのかは、釘付けにされる生き物によって変化していく。
あるモチーフを描くということは、ひとつのイメージを画面に釘付けにするような行為だと感じることがある。一方向の強い力で画面に定着させられる線や色彩、それによって決定される図像に、釘付けられた蛇を重ねて見ている。隠された絵の不確かなイメージは繰り返し釘付けされても尚、像を結ぶのだろうか。
その蛇は 釘付けにされた/その蛇は 描かれた
その蛇は 大工に/その蛇は 私に
その蛇は 屋根板に/その蛇は 画布に
その蛇は 生きていた/その蛇は 生きている?
大久保紗也(2025年6月)
大久保紗也『その蛇は/Is that snake』
会期:2025年7月12日(土)〜8月10日(日)
休:月・火曜、祝
時間:12:00〜19:00(日曜〜17:00)
会場:WAITINGROOM
住所:東京都文京区水道2-14-2 長島ビル1F
電話:03-6304-1877
http://waitingroom.jp
◇大久保紗也ウェブサイト
https://sayaokubo.com
同時開催:『project N 99 大久保紗也』
会期:2025年7月11日(金)〜10月2日(木)
時間:11:00〜19:00(入場は18:30まで)
休:月(祝休日の場合は翌火曜)
会場:東京オペラシティ アートギャラリー
住所:東京都新宿区西新宿3-20-2東京オペラシティビル3F
経路
◆東京メトロ有楽町線「江戸川橋」駅・4出口を出ると高速道路の見える大通り。右に進む。信号、歩道橋のある交差点を通過。次の交差点「石切橋」を左折して高速道路をくぐり、川に掛かる「石切橋」を渡る。左への道の角を通過して直進。カーブを過ぎると左側に赤い郵便ポスト。同じ敷地内のビルの1階。徒歩3分。
◆東京メトロ東西線「神楽坂」駅・1b出口を出ると目の前に「小諸そば」。左折する。「赤城神社」の朱色の鳥居に突き当たったら左折。「ローソン」の角を右折(「赤城坂」に入る)。「加賀屋」を左に見て道なりに曲がったらすぐに右折。その後しばらく直進。「水道町」交差点を通過。前方に高速道路が見えている。大通り(左角に「ローソン」のある「石切橋」交差点)に出たら直進して横断歩道を渡る。高速道路をくぐり、川に掛かる「石切橋」を渡る。左への道の角を通過して直進。カーブを過ぎると左側に赤い郵便ポスト。同じ敷地内のビルの1階。徒歩10分。
車椅子
ギャラリー入口には特に段差なく、扉は両開き(開き戸)。ギャラリー内メインスペースは基本的に平坦。会場奥のバックヤード(今回の展示で使用するか未定)入口は横幅67cmと少々狭い。
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