ストラポンタン(展覧会紹介など)

αMプロジェクト2025‒2026 立ち止まり振り返る、そして前を向く vol. 3 百瀬文|ガイアの逃亡

百瀬文《ガイアの逃亡》2025年、3チャンネルビデオインスタレーション、約40分

 

彼女の沈黙に触れるとき──私たちはその声に応答できるのか
大槻晃実
 
百瀬文は、映像というメディアを通して、見ることと見られること、語ることと語れないこと、そのあいだに潜む不均衡を、繊細かつ鋭く可視化してきた。フェミニズム理論を基盤に、神話や歴史的規範を批判的に読み替えるその制作態度は、ジェンダーや記憶、身体を手がかりに、社会の見えにくい構造に光を当てている。
 
新作《ガイアの逃亡》(2025年)は、南フランスでのワークショップの記録映像と、モーションキャプチャーによる3DCG映像が交差する。豊穣と包容力の象徴であると同時に、怒りと復讐を内包するギリシャ神話の地母神ガイアを、語る力を奪われ、動くことを諦めた女性として描くとき、その姿は、環境破壊や植民地主義の暴力に晒された大地と重なって見えてくる。そこに立ち上がるのは、沈黙と暴力の歴史にどう向き合うかという問いだ。
 
この問いは、ワークショップの場で身体を媒介にした応答として展開された。宮地尚子『環状島=トラウマの地政学』(みすず書房、2018年)の一節を読み上げる3人の参加者たちは、「所有」という言葉から想起される百瀬の問いかけに、時に「島」となった百瀬の身体に触れながら、自らの声で応答を試みる。やがてその身体は、海に横たわる大地のイメージへと変容し、他者との同一化と自己の分裂が交差する。疲弊し、動けない女性たちの象徴として現れる身体は、わずかな震えや呼吸を通じて感情の共鳴を呼び起こしていく。
本作は、自然と女性の同一視が生んだ本質主義的ステレオタイプへの批判、土地と女性に対する暴力の構造的共通性、そして植民地主義の記憶が複層的に織り込まれている。百瀬は、そうした問いを静かに差し出しながら、個の経験を越えて、人類全体の歴史と倫理へと視線を開いていく。
 
作品の前に立ったとき、鑑賞者は何を見て、何を聞き、何を語るのか。語ることを奪われた者たちの沈黙に、どう応答するのか。そして、自らの身体は、世界とどのように関係を結び直すことができるのだろうか。女性に見立てられた大地に共感を寄せながらも、鑑賞者自身が誰かの土地を踏み荒らしてきた歴史の継承者であるという事実に、否応なく向き合うことになる。その両義性に引き裂かれながら、百瀬の問いは、内に眠る倫理的なざわめきを呼び覚ます。
 
vol. 1では、表現の根源に立ち返る場が生まれ、vol. 2では、作家たちの姿勢から美術の可能性を考える視座が提示された。そしてvol. 3では、百瀬によって、美術を通じて語ることの可能性とその倫理を探る試みが、αMという「問いの場」において静かに立ち上がる。

百瀬文|ガイアの逃亡
 
しばしば神話の中で、女神は子どもを産み育て、自然と一体化した「豊かさの象徴」とされて語られることがある。
かつてエコフェミニズムは、人間による自然の搾取が引き起こす環境破壊と、男性優位の社会で女性が見舞われる不平等の根本の構造は同じであると主張した。しかしその中からは、「女性は新たな命を生み出すことができる敬うべき存在だ」と、女性の生殖機能と自然の生産性の関係性をたたえる傾向も生まれ、一つの本質主義的なステレオタイプを生み出す要因にもなった。
 
ギリシャ神話に登場する、強くて慈しみ深いガイアのことをいったん忘れてみたい。そしてガイアという名前の、あるいはわたしだったかもしれなかった、どこにでもいる一人の女性のことを想像してみたいと思う。
ガイアは普段何も語ることはない。
それは彼女自身がもう生産性を求められることに疲弊し、何も語る力も残っていなければ、動くこともできないというだけなのかもしれない。そしてそれは身体、もしくは大地に刻まれたトラウマの問題と大きくかかわることでもあるだろう。
 
女性に与えられる暴力と、大地に与えられる暴力のつながりについて想像するとき、わたしは常に自分自身が、女性でありながら征服者としての人間でもあることの二重性に引き裂かれる。
大地に突き刺さる白旗は、ガイアに祈りを捧げる降伏の旗にも、同時にこの土地の所有権を主張する入植者の旗にも見える。

 

百瀬文
1988年東京都生まれ。映像やパフォーマンスを中心に、他者とのコミュニケーションの複層性や、個人の身体と国家の関係性を再考する。近年は映像に映る身体の問題を扱いながら、セクシュアリティやジェンダーへの問いを深めている。
プレスリリースより一部編集・抜粋して転載

 

立ち止まり振り返る、そして前を向く
大槻晃実(芦屋市立美術博物館)
 
この場所で私に何ができるのだろうか。最初に考えたのはそのことだった。私は公立美術館で学芸員として働いている。だが、指定管理者が運営する美術館であるため、公務員ではなく会社員だ。コレクションが健康な状態で受け継がれ、これから先も美術館が存続していくという未来は、決して当たり前のことではない。大切にしていくべきこと、守らなければならないことには多様な視点や局面があり、それがちぐはぐに組み合わさった居心地の悪さが常に同居している。
 
そんな学芸員が、このαMという場所とどう向き合えばよいのだろうか。各地の美術館が様々な事情を抱え、困難に直面している。それは今もこれからも変わらないだろう。しかし、たとえどのような運営形態であっても、誰が運営者であっても、美術館にはかけがえのないものがある。それは、その美術館の歴史に寄り添いコレクションから刺激を受けながら展覧会を企画してきた歴代の学芸員や、地域や行政との間で試行錯誤しながら運営に関わってきた職員が経験を蓄積してきた場所であり、観客が作品と出会って思いを深めた展示室という場所だ。
 
30年以上にわたって時代の先端を敏感に察知して活動を続けてきたこのαMという場所では、作家がいて作品があり、鑑賞者が集い、対話や議論が重ねられる日々が続いてきたことだろう。そんな場所の過去と現在を往来しつつ、作品との対話の中から鑑賞者が自ら問いを立てて答えを探るような、そしてそれを皆で共有できるような場を作りたいと思う。参加してくれる作家たちと議論を重ねながら、歴史と今この時の美術を同じ次元でとらえることで、「美術のための場所」のことを皆で共に考えていく2年間にしたい。
自ら考えるという行為を続けることこそが、この社会で美術を健全に存在させていくためには不可欠であるはずだから。

 

大槻晃実
芦屋市立美術博物館学芸員。専門は近現代美術。企画した主な展覧会に「今井祝雄─長い未来をひきつれて」(2024年)、「art resonance vol. 01 時代の解凍」(2023年)、「限らない世界/村上三郎」(2021年)、「植松奎二 みえないものへ、触れる方法─直観」(2021年)、「芦屋の時間 大コレクション展」(2020年)、「美術と音楽の9日間 rooms」(2020年)、「art trip vol.03 in number, new world/四海の数」(2019年)、「小杉武久 音楽のピクニック」(2017年)などがある。
プレスリリースより転載

 

αMプロジェクト2025‒2026
立ち止まり振り返る、そして前を向く
vol. 3 百瀬文|ガイアの逃亡

 
ゲストキュレーター:大槻晃実(芦屋市立美術博物館)
 
会期:2025年10月4日(土)〜11月29日(土)
休:日・月曜、祝
時間:12:30〜19:00
料金:入場無料
会場:gallery αM
住所:東京都新宿区市谷田町1-4 武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパス2階
電話:03-5829-9109
https://gallery-alpham.com
 
アーティストトーク
百瀬文、大槻晃実
日時:11月25日(火)13:00〜15:00

 

経路
JR中央線・総武線「市ケ谷」駅・出口1、または東京メトロ有楽町線・南北線「市ケ谷」駅・都営地下鉄新宿線「市ヶ谷」駅・出口4を出る。出口1からの場合は左へ、出口4からの場合は正面へと進む(建物の屋上の看板に「TKP」とある方へ)。線路、外濠を下方に見て直進。「市谷見附」の交差点に突き当たり、「くすりの福太郎」「富士そば」の方に横断歩道を渡ってから右折。「モスバーガー」「マクドナルド」「ファミリーマート」を通過してすぐ左側にgallery αMが入っている「武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパス」。ギャラリーの入口は「MUJI com」店内の階段を上がった先の2階。徒歩3分。

 

車椅子
MUJI com店舗から入場、左手の自動ドアから武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパスのエントランスへ。インターフォンにてスタッフに連絡。スタッフが解錠したゲート(右)から入場、エレベーター(右)へ。2階のエレベーターホール扉をスタッフが解錠、αMへ(※電話でのご連絡の場合、スタッフが1階に下りてご案内)。ベビーカーの方なども同様。

 

SNS
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