2026年2月2日(月)
おととい見た波多野祐貴の展示で撮らせてもらった写真をパソコンの画面に表示する。全部で8枚撮っていて、そのなかに5回うつっているひとつの作品があった。ひとつの壁に2点または6点が並んでいたなかで、その作品だけがひとつの壁への1点として展示されていた。
展示されていた写真にはどれも、ひとりのひと、異なるひとがうつっていた。ポートレイト、という用語がうかんだ。そして、そうなのだろうか?という疑問。うかんだ用語をいったんひっこめる。写真がおさめられた額縁の左下部壁面に、グレーの紙にプリントされたことばがあり、それを読みつつ、写真を見ていくことになる。ことばがなんであるかの説明はないが、それが、写真にうつっているひとの発言である、ということが自然と了解される。だが、ひとつ、ひとつ、進んでいくうちに、異なるそれぞれのひとから発せられたはずのそれらのことばが、まるで、ほかのひとりの、同一人物のことばであるように思われてきた。そして、うつっているひとと撮影者とのあいだで交わされたのかもしれない、この紙にはプリントされていないことばの波が寄せ、紙の上の文字をさらっていった。写真に目をやる。うつっているだれもカメラの方を見ていない。室内。屋外。カーテン。窓ガラス。透過。ひかり。束の間の居場所。ガラス障子を背に座ったひとの写真は2枚組になっていて、その右側の写真にうつっているのは素足の先の部分である。その足先は、2枚組の左側の写真のひとのものであると考えるのが理にかなっているかもしれない。わたしは、そうかもしれないし、そうではないかもしれないと思うことにした。写真にうつっていないもうひとりのひとが示唆されている。もうひとりのひとは、プリントされたことばの話者であるかもしれない。そう仮定してみる。会場ですこし話をした波多野にはそのことについてはなにも尋ねなかった。撮らせてもらった写真をあらためてパソコンの画面で確認すると、足先の部分にギャラリーの外の景色がうつり込んでいてほとんど見えなくなっていた。
8枚撮った会場の写真の、最後に撮った8枚目は、5回うつした作品の5回目であった。室内で窓ガラスを開けようとしているのだろうか、手をかけ、差し込むひかりがまぶしかったのかまばたきの途中だったのか目をつぶり、右斜め上を向いて首を傾けている。




◆In Other Rooms 波多野祐貴 会場:Alt_Medium(東京都・高田馬場) 会期:2026年1月23日〜2月4日
2月7日(土)
タル・ベーラの『ニーチェの馬』を見る。
遮眼革を付けられた馬。前方の狭い範囲しか見えていないだろう。轡はのちに外されることになる予感がする。馬は食事をしない。水を飲まない。
父と思われるひととその娘と思われるひとが一軒の家に暮らしている。食事。木のテーブルの上にふたつの皿、塩の入った容器、ゆでたじゃがいもがふたつ入った皿。父と思われるひとがじゃがいもを自分の前に置かれた皿にうつし、皮を剝いて細かくして、貪り食う。全部食べずに残す。食べることと食べないことが示される。
木のテーブルの天板がうつされる。別の場面では、その上に、焼酎の入った瓶。小さなグラスふたつ。
屋外が明るいときの室内。窓の前に座り外を眺める。外を見てはいないのかもしれない。祈りの行為のように見えなくもないがただ内面の闇に目を慣らしているようでもある。
井戸が枯れ、他所へ向かう準備をする際、娘は荷物入れのなかに、母か誰かの写真または肖像画をしまう。その上に、白い布か衣服をのせる。暮らしていた家をあとにする。そして台地の向こうへと姿を消す。カメラは動かない。やがて、こちらへとあらわれて、あとにした家へと移動する。戻った、のではないような気がする。
2月20日(金)
清澄白河の駅で待ち合わせ。東京都現代美術館の隣にあるカレー屋で食事する。ソル・ルウィットの展示を見たい、と誘われて。館のウェブサイトを確認するとほかにも見たい展示があった。梅田哲也、呉夏枝、池内晶子の作品。コレクション展示室の、池内晶子の白い作品の部屋で、同行者の足が止まった。壁から壁へと弧を描いて張られた幾本もの絹糸がかすかに揺らいでいるのが、目を凝らしているとゆっくりと、感じられてくる。この光景を目にしてしまったら、それを忘れたとしても、消し去ることはできない。最後の部屋で、しばらくベンチに腰掛けて宮島達男のデジタルカウンターの作品を眺める。
2月23日(月)
InstagramのDMで記事へのリンクを送ってくれた方がいる。神戸にあった「ギャラリー2001/アトリエ2001」の清水公明へのインタビューが載っている『兵庫県立美術館研究紀要』No.19のPDF版へのリンク。一度だけアトリエ2001に行ったことがある。当時芦屋の美術館にいた学芸員が連れていってくれたその場所は、壁面が真っ黒だった。ただしこれは、記憶違いのようである。間違いのないこととしては、展示の最中であるにもかかわらず、会場内で、大きな鍋でおでんが炊かれており、それをわけていただいたこと。堀尾貞治と名刺交換をしたこと。インタビューを読んで、「このスペースがあったこと(上の歯)/いまはないこと(下の歯)が嚙み合ってギシギシこすれている感じがします。読みながら、自分は真剣にとりくんでいるかな?と自問せざるを得ませんでした」と、リンクを送ってくれた方に返信する。それにたいして、「歯が嚙み合ってギシギシという音があのスペースに電車が通り過ぎる記憶と重なりました」と、その方からの返信が届く。
言水ヘリオ(『etc.』発行)
