本展は「アートウィーク東京2025」の参加展示です。川内は、食や食にまつわる行為を起点に、身体への関心を深めてきました。その探究は、身体と思考、自己と他者といった二項対立へと広がり、さらにそれらを暗喩するとされる南アメリカやアフリカの神話からインスピレーションを得ています。ペインティング、ドローイング、ネオン管、針金、大理石など多様な素材を扱う彼女の作品には、常に「線」が重要な要素として存在します。身体性や精神性を如実に映し出す線は、その瞬間の身体の動きや感情をスピード感のある筆致とともに画面に刻み込まれます。本展では、これまでに取り組んできた二項対立のテーマの中でも、とりわけ「動物(虎)と人間」という関係に注視し、新作を中心に展示を構成します。
プレスリリースより抜粋して転載




©Rikako KAWAUCHI, courtesy of the artist and WAITINGROOM
川内理香子は1990年東京都生まれ。2017年に多摩美術大学大学院美術研究科絵画専攻油画コースを修了し、現在は東京を拠点に活動しています。川内は、食への関心を起点に、身体と思考、自己と他者といった相互関係の不明瞭さを探究しています。食事・会話・セックスといった多様なコミュニケーションの場面において見え隠れする自己や他者をモチーフに、ドローイングやペインティングをはじめ、針金、樹脂、ネオン管、大理石など多岐にわたるメディアを横断しながら作品を制作しています。制作を通して「捉えがたい身体や目に見えない思考の動きを線に留めている」と本人は語っています。
プレスリリースより一部編集・抜粋して転載
◇川内理香子ウェブサイト
https://rikakokawauchi.com
南アメリカやアフリカの神話の中で、虎は最も重要な暗喩を持つものとして物語に登場する。
虎はそれら神話の中で、身体を構成する食べ物、その食べ物を食べられるように調理するための料理の火を現すもの、あるいは、その料理の火を唯一持つものとして語られる。
レヴィ゠ストロースは、南アメリカやアフリカのあらゆる神話の中心には料理の火や身体があると説き、人間のすべての文化の始まりは料理の火にあると分析している。
人間にとって、虎は命を脅かす自然の脅威と同じくらい強い存在であり、人間が文化的なものだと言えるとすると、虎は自然に属す本能的なものだと言えるだろう。
しかし、神話の中で、虎は文化に繋がる料理の火を持ち、それを人間に授けたり、人間の女と結婚したりもする。また虎と結婚した女は、虎へと徐々に変わっていったり、逆に虎が人間のように振る舞い、会話する描写も神話の中で語られる。
そこでは、虎は動物的な、本能的な側面だけではなく、文化的な要素も持っていると解釈できる。人間もまた、本能的な虎に近づく描写があるということは、両者は共存し交換可能なものとして、そこでは捉えられる。
神話の中だけでなく、現実の私たちもそうだろう。
洋服を身にまとい、文化的に生きる人間の奥底には、生の、本能の炎が燃え続けている。
動物たちの知恵はどこから来ているのだろうか。身体の記憶に刻み込まれたものなのか、やはり彼らも身の回りを観察し、思考し、知恵を絞り生きているのだろうか。(きっとそう)
あるいは本能の、また身体の中にも、言語化し得ない知恵や思考は存在していると言えるだろう。
人間と動物は線引きされがちだが、身体と思考の二項と同じように、私たちはそもそも共存関係にあり、私たちの中にも虎は眠り、虎の中にも人間を見ることができる。
川内理香子(2025年10月)



©Rikako KAWAUCHI, courtesy of the artist and WAITINGROOM
生成変化の神話的躍動──川内理香子における線の拡張について
森啓輔(千葉市美術館学芸員)
川内理香子の絵画では、油絵具とメディウムの混成による顔料を、キャンバスに幾層にも塗り重ね、厚く拡がったその表層──それはあたかも生物の内臓の襞のようだ──をペインティングナイフで鋭く刻む行為によって、画面の内に形象を浮かび上がらせている。そこで繰り返し描かれてきたのは、クロード・レヴィ゠ストロースが神話の構造分析において抽出したジャガーやコヨーテ、ナマケモノ、蛇といった様々な動物たちであり、展覧会のタイトルが指し示すように、本展においてその対象は人間と虎、そして両者の関係に光が当てられている。
多層的な色面から、形象を掘り出すようにして描かれる川内の描画法は、粘度を含んだ顔料の硬化という物理的制約を与件としており、ゆえに刻む/描く速度は、制作において最も重視される要素となっている。この自らに課した制約は、必然的に思考を超越した手を、作家に要請するだろう。それは、シュルレアリストらが実践した「自動筆記(Automatism)」を挙げるまでもなく、私=主体という容れ物の外部へと接続していくための通行路だ。その意味において、川内はかつて物語のコードの制御と運用を行使し、神話を語り継ぐ役割を担った媒介者的な性質を現代において意識的に選び、絵画制作に取り入れてきたといえる。
線に特権的な位置を与えるそのような作品表現は、当然のことながら、油彩画に限定されることはありえない。これまでに川内はドローイング、大理石、あるいは針金やネオン管を使用し空間を彫刻する立体造形、さらにはファブリックに施された刺繍といった、より多様な造形表現への拡張を試みてきた。それらに共通するのが、線に潜勢する力動であることは明らかだ。多方向に伸長する線のごとく、川内の近年の造形表現では領域横断的に様々な分野への接続を果たしてきたのであり、そこで追い求められてきたものこそが、自己を越え出る存在としての他者なのだ。
食への関心、より正確に述べるならば、口内から身体の内部に取り込まれ、自己との境界が不分明になっていく食の行為への違和感は、これまでの川内の制作行為において、常に実存的な意義を持ち続けてきた。この生を維持するために必要不可欠な行為もまた、他者性の問題に深く起因するがゆえに、豊かな色彩を湛えたその多層的な画面は、自己と他者の往還可能な揺らぎの表象として、不可視の他者を召喚する場となりえてきたはずだ。
本展において、自身が知悉する文化人類学やウィリアム・ブレイクの詩を援用し、川内は人間と虎に「文化」と「自然」という二項対立の越境を見て取っている。包摂され(《House of the garden》)、循環し(《Loop》)、互いに混ざり合う(《Time to feed the milk, time to become a tiger》)描かれた両者の姿態は、実に豊かな関係性を示している。この人間と斑紋を特徴とする虎の両義的な関係から読み解かれるべきは、自己と他者という固有な存在自体への疑いであり、さらには生成変化の可能性だろう。このことは、それもまた可塑的なメディアである絵画を拠り所としながら、大理石やネオン管、ファブリックを用いた制作に限ってだが、その方法論を拡張させ、他者との協働がなされてきた事実と結び付いていることはいうまでもない。境界を眼差しながら人類の記憶の古層を掘り起こし、存在の複数性と生成変化に賭けられた多様な川内の作品は、この苛烈な分断の時代に個々の生、さらには私たちの世界を捉え直すための徴(しるし)となり得ている。
川内理香子『Humans and Tigers』
会期:2025年11月5日(水)〜12月21日(日)
休:月・火曜、祝日
時間:12:00〜19:00(日曜〜17:00)
(「アートウィーク東京2025」開催期間中、11月5日(水)〜11月8日(土)は10:00〜19:00、11月9日(日)は10:00〜18:00にオープン)
会場:WAITINGROOM
住所:東京都文京区水道2-14-2 長島ビル1F
電話:03-6304-1877
http://waitingroom.jp
*オープニングレセプション
日時:11月6日(木)18:00〜20:00(作家在廊)
※下記マップの下に同時開催の情報あり
経路
◆東京メトロ有楽町線「江戸川橋」駅・4出口を出ると高速道路の見える大通り。右に進む▶▶信号、歩道橋のある交差点を通過▶▶次の交差点「石切橋」を左折して高速道路をくぐり、川に掛かる「石切橋」を渡る▶▶左への道の角を通過して直進▶▶カーブを過ぎると左側に赤い郵便ポスト。同じ敷地内のビルの1階。徒歩3分。
◆東京メトロ東西線「神楽坂」駅・1b出口を出ると目の前に「小諸そば」。左折する▶▶「赤城神社」の朱色の鳥居に突き当たったら左折▶▶「ローソン」の角を右折(「赤城坂」に入る)▶▶「加賀屋」を左に見て道なりに曲がったらすぐに右折▶▶その後しばらく直進▶▶「水道町」交差点を通過▶▶前方に高速道路が見えている▶▶大通り(左角に「ローソン」のある「石切橋」交差点)に出たら直進して横断歩道を渡る▶▶高速道路をくぐり、川に掛かる「石切橋」を渡る▶▶左への道の角を通過して直進▶▶カーブを過ぎると左側に赤い郵便ポスト。同じ敷地内のビルの1階。徒歩10分。
車椅子
ギャラリー入口には特に段差なく、扉は両開き(開き戸)。ギャラリー内メインスペースは基本的に平坦。会場奥のバックヤード(今回の展示で使用するか未定)入口は横幅67cmと少々狭い。
SNS
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同時開催個展1
『The shape of water hardens into stone.』
会期:2025年10月25日(土)〜12月28日(日)
時間:9:30〜16:30(入館16:00まで)
休:月曜(11月3日、11月24日は開館)、11月4日、11月5日、11月25日、11月26日
会場:黒部市美術館
住所:富山県黒部市堀切1035 黒部市総合公園内
https://kurobe-city-art-museum.jp/2025/08/14/rikako-kawauchi-the-shape-of-water-hardens-into-stone/
*オープニング&アーティストトーク
日時:10月25日(土)14:00〜
同時開催個展2
『Jump over』
会期:2025年10月29日(水)〜12月11日(木)
会場:anonymous bldg.
住所:東京都港区南青山5-1-25(表参道駅・表参道交差点の近くのアート展示ビル)
※建物内部には入れないため、歩道からの観覧。
https://anonymous-collection.jp
