本展覧会は、有明海の泥と向き合う架空の作家・藤川八十郎と、プラスチックのおもちゃを素材に活動する藤浩志による展覧会です。
藤川八十郎は、有明海流域に生まれた年齢・性別不詳の工芸家です。泥に強く惹かれ、植物から染料を抽出し、木や布を染めながら、動植物の生態系と泥との関係を探究しています。そして、なぜだか、かたつむりを無視することができません。──という設定です。
本展では、泥、植物、プラスチック、そしてかたつむりを手がかりに、人と自然、生態系と人工物、循環と蓄積について考えます。実在しない作家をつくる試みを通して、私たち自身と環境との関係を見つめ直し、その関わりを深める機会となればと考えています。
また本プロジェクトでは、藤川八十郎という作家像をともにつくり育てるメンバーを募集します。泥や植物、染色、生態系の観察、物語づくり、記録や発信など、それぞれの関心や得意分野を持ち寄りながら、不在の作家の活動を現実の活動として立ち上げていく実験です。年齢や経験は問いません。藤川八十郎の活動に興味を持つ方の参加をお待ちしています。
提供情報を転載
藤川八十郎と藤浩志
泥とプラスチックとかたつむり
私は1997年より、家庭から排出される廃棄物に注目し、それらを収集しながら、何らかの活動や表現へと転換する試みを続けてきました。その過程で、膨大な量のプラスチック素材と向き合うことになります。
私が生まれた1960年前後、日本では石油化学製品が急速に生活の中へ入り込み、プラスチックは日用品、玩具、包装材、キャラクター商品などを通して、人々の暮らしを大きく変えていきました。便利で軽く、安価で、どこにでもある素材として広がったプラスチックは、映像文化やアニメ文化、キャラクター消費とも結びつき、大量消費社会を支える存在となりました。
2000年に家族と始めた「kaekko」プロジェクトは、不要になったおもちゃを交換する循環の仕組みとして生まれました。しかしその活動を続けるほど、交換されずに残る壊れたおもちゃやプラスチック製品を膨大に蓄積することにもなりました。無視することはできない。しかし、決して好きだとは言い切れない素材。それが私にとってのプラスチックです。
なかなか逃れられないプラスチックと向き合う活動の先に、泥というモチーフに出会いました。柳川でのフィールドワークをきっかけに、有明海流域の泥の存在が強く気になり始めました。泥は、プラスチックとはまったく異なる時間を持っています。岩石の風化、生物の活動、河川や海の流れ、微生物の分解、植物の堆積。そのような地球上の無数の営みが重なり合い、流動し続けるものとして泥はあります。泥は汚れでも、単なる土でもありません。多くの生命を育み、分解し、また次の生命を生み出す基盤です。形を定めず、境界を曖昧にし、沈み、混ざり、染み込み、また現れる。泥は、地球が長い時間をかけて作り続けてきた循環そのもののような存在です。
考えてみると、私にとって泥は決して遠いものではありませんでした。両親は奄美大島の出身です。奄美には、車輪梅から抽出した染料を用い、鉄分を含む泥田で媒染することで深い黒を生み出す泥染の文化があります。私は子どもの頃から、その泥染による大島紬の柄や色に親しみながら育ちました。また、青年海外協力隊員としてパプアニューギニアに滞在した際には、泥から生まれた精霊のような存在であるマッドマンに出会いました。振り返ると、泥は私の記憶の中に何度も姿を変えて現れていたのだと思います。
しかし現在、その泥の中にもマイクロプラスチックが入り込み始めています。人間が短い時間で大量に生み出した人工物が、地球が長い時間をかけて生成してきた泥の循環の中へ入り込んでいる。その事実は、プラスチックと泥を別々のものとしてではなく、すでに絡み合ってしまったものとして考える必要を示しています。
プラスチックは人間が作り出した時間の堆積であり、泥は地球が作り出した時間の堆積です。その二つが出会い、混ざり合い、これからの地質を変えていく。私が次に向き合おうとしているのは、世代や地域を超え、さらには人間の時間を超えて続く循環そのものなのかもしれません。
そして、もうひとつ無視できない存在があります。かたつむりです。
かたつむりへの関心にも、いくつかの原点があります。大学院修了後、京都のギャラリーで最初の個展を行った頃、私はアーノルド・ローベルの『ガマくんとかえるくん』シリーズの中の「おてがみ」という物語に出会いました。その物語では、ガマくんに手紙を届ける役目をかたつむりが担います。手紙が届くまでには長い時間がかかります。しかし、その遅さによって、待つ時間は単なる空白ではなく、希望や期待に満ちた時間へと変わります。
かたつむりは効率的な存在ではありません。けれど、その遅さによって時間の質を変えてしまう存在です。私はそこに、制作という行為にも通じる大切なものを感じました。私たちはしばしば作品という結果に注目します。しかし、つくるという時間そのものが希望の時間であり、期待の時間でもあります。今は届かなくても、長い時間を経て誰かに届くことがある。遠い未来の知らない誰かへ向けて差し出すこともできる。そのような制作のあり方を、かたつむりは静かに教えてくれているように思います。
さらにパプアニューギニアの奥地でのフィールドワークでは、かたつむりを偉大で神秘的な精霊として扱う人々と出会いました。そこでは、かたつむりは単なる生き物ではなく、先祖や自然の霊と現世を媒介する存在として畏れられていました。
かたつむりは、殻という小さな世界を背負い、湿り気を頼りにゆっくりと進みます。分解と生成の生態系の中にありながら、その渦巻きは宇宙の真理とどこかでつながっているような幾何学的な美しさを持っています。現世の存在でありながら、どこか現世を超えた神秘性をまとっている。弱く、小さく、遅い存在でありながら、異なる場所、異なる時間、異なる世界をつないでいくものとして私の前に現れるのです。
これまで私が扱ってきたカエルもまた、水と陸、生と死、遊びと防災、子どもと社会をつなぐ境界的な存在でした。かたつむりもまた、境界を生きる存在です。ただし、カエルが跳躍によって世界を横断する存在だとすれば、かたつむりは這うことによって、多くの接触によって世界をつないでいきます。速度ではなく粘りによって。移動ではなく痕跡によって。到達ではなく待つ時間によって。
この展覧会に登場する藤川八十郎は、有明海流域に生まれた年齢・性別不詳の架空の作家です。泥に惹かれ、植物から染料を抽出し、木や布を染め、動植物の生態系と泥との関係を探究しています。そして、なぜだか、かたつむりを無視することができません。
藤川八十郎は実在しません。しかし、実在しないからこそ、ひとりの個人に回収されない作家として立ち上がることができます。藤浩志という個人の記憶や経験だけでなく、参加する人々の観察や採取、染色、記録、物語、調査によって、その輪郭は少しずつ変化していきます。
つまり藤川八十郎は、架空の作家であると同時に媒介者でもあります。プラスチックと泥のあいだ、人工物と自然のあいだ、個人の記憶と地域の記憶のあいだ、現実と虚構のあいだ、そして人間の時間と地球の時間のあいだを行き来する存在です。
本展は、藤浩志が長年向き合ってきたプラスチックの蓄積から、有明海の泥、植物染料、かたつむり、そして不在の作家・藤川八十郎へとつながる思考と制作の場です。ここでは、作品を完成されたものとして提示するだけではなく、ひとりの架空の作家を複数の人々が共有し、その活動を現実のものとして育てていくこともまた、展覧会の一部となります。
泥とプラスチックとかたつむり。
それらは一見ばらばらのものに見えます。しかし、それぞれが異なる時間を抱えています。プラスチックは消費社会の時間を、泥は地球の循環の時間を、かたつむりは希望と媒介の時間を示しています。そして藤川八十郎は、その異なる時間をつなぎ直すために現れた、まだ輪郭の定まらない作家なのかもしれません。
この展覧会は、環境について正しい答えを示すものではありません。むしろ、すでに絡み合ってしまった物質や記憶や時間の中で、私たちが何を無視できず、何に惹かれ、何とともに考え続けてしまうのかを探るための場だと考えています。
藤川八十郎/藤浩志
原文をそのまま転載
藤浩志 Fuji, Hiroshi/美術家
鹿児島生まれ。プロジェクト型の美術表現を全国各地で実践。1994年第4回アジア美術展(福岡市美術館)への参加をきっかけに福岡県糸島市に移住。国内外のアートプロジェクトの立ち上げに数多く関わる。代表的な作品として、取り壊される家の柱からつくる「101匹のヤセ犬」、給料一ヶ月分のお米から始まる「お米のカエル物語」、家庭廃材を蓄積する「Vinyl Plastics Connection」、不要のおもちゃを活用した「Kaekko」「Jurassic Plastic」、架空のキーパーソンを作る「藤島八十郎」等。
提供情報を編集、抜粋して転載
◇ウェブサイト
https://www.fujistudio.co
◇Instagram
https://www.instagram.com/fujistudio/
◇X
https://x.com/fujistudio
藤川八十郎と藤浩志 ─泥とプラスチックとかたつむり─
会期:2026年9月26日(土)〜10月25日(日)
開場:木・金・土・日曜、祝
時間:13:00〜18:00(日曜は17:00まで)
※オープニングレセプション:9月26日(土)17:00〜
会場:kenakian
住所:佐賀県佐賀市本庄町本庄1272-3
電話:0952-97-5044
https://kenakian.jp
*公開制作
開催日:9月21日(月)、9月22日(火)、9月23日(水)
時間:各日13:00〜18:00
*滞在制作
開催日:10月1日(木)〜10月4日(日)、10月22日(木)〜10月25日(日)
- JR「佐賀」駅・南口を出て左へ線路沿いに進み高架下の横断歩道を渡り、「佐賀駅バスセンター」4番のりば「3佐賀女子短大・高校」「26長瀬町・平松循環線」、5番のりば「18徳万・久保田」「27嘉瀬新町・久保田」のいずれかに乗車し「西田代」下車
- 「佐賀銀行」を背に直進し「天祐寺橋」交差点を左折
- 「堀青果店」前のY字路を右に進み「ドラッグストアモリ」手前の右側。徒歩5分。
(自動車2台駐車可)
単独で入ることができます。ただし2階へは階段のみ。
